ブロックチェーン技術は、「非中央集権」「透明性」「改ざん不可能性」といった革新的な特性を持ち、金融、サプライチェーン、ゲームなど、様々な分野でその活用が期待されています。
しかし、ビットコインやイーサリアムといった主要なブロックチェーンが広く普及するにつれて、避けては通れないある大きな課題が浮上してきました。それが「スケーラビリティ問題」です。「取引に時間がかかる」「手数料(ガス代)が高い」といったユーザー体験の悪化は、ブロックチェーンがより多くの人に利用されるための大きな障壁となっています。
本稿では、このブロックチェーンのスケーラビリティ問題に焦点を当て、その根本原因を探ります。そして、その解決策として注目されている「レイヤー1(基盤層)」と「レイヤー2(オフチェーン/セカンドレイヤー)」という概念について、技術的な側面に深く踏み込みながら解説します。両者の違い、それぞれの役割、そしてどのように協力してブロックチェーンの未来を切り開いていくのかを理解することで、より深くブロックチェーン技術の可能性を学ぶことができるでしょう。
第1章:ブロックチェーンのスケーラビリティ問題とは?「遅い、高い」の根本原因
ブロックチェーンのスケーラビリティ問題とは、簡単に言えば「利用者が増えると処理能力が追いつかなくなる」問題です。なぜこのような問題が発生するのでしょうか?その鍵は、ブロックチェーンが持つ「分散型」という特性にあります。
分散とセキュリティのトレードオフ:トリレンマ
ブロックチェーンには、「分散性(Decentralization)」「セキュリティ(Security)」「スケーラビリティ(Scalability)」という3つの重要な要素があります。理想的にはこれらすべてを高いレベルで実現したいのですが、多くのブロックチェーンにおいては、この3つを同時に最大限に満たすことが難しいとされています。これを「ブロックチェーンのトリレンマ(Trilemma)」と呼びます。
ビットコインやイーサリアム(PoW時代)は、「分散性」と「セキュリティ」を非常に重視して設計されています。世界中の多数のノードが同じ取引データを共有し、コンセンサスアルゴリズム(合意形成アルゴリズム)を用いて取引の正当性を検証することで、中央集権的な管理者を不要とし、高いセキュリティと改ざん耐性を実現しています。
しかし、この「分散性」と「セキュリティ」を維持するためのコストとして、処理速度と処理能力(スループット)が犠牲になっています。新しいブロックが生成され、ネットワーク全体で共有・検証されるまでには一定の時間がかかりますし、各ブロックに格納できるトランザクションの数にも上限があります。利用者が増え、毎秒あたりのトランザクション要求が増加すると、ブロックに取り込まれるまでの待ち時間が長くなり、手数料(ガス代)が高騰するという現象が発生します。これは、限られたブロックスペースを、より高い手数料を払う取引が優先的に獲得するためです。
実際のボトルネック
具体的なボトルネックは以下の点に現れます。
- 低いトランザクション処理能力 (TPS – Transactions Per Second): 従来の決済システム(例:Visaが数千〜数万TPS)と比較して、ビットコインは約7 TPS、イーサリアム(PoW)は約15〜30 TPS程度と、非常に低い水準です。
- 長いファイナリティまでの時間: 取引が確定(ファイナリティ)するためには、その取引を含むブロックの後にいくつかのブロックが積み重ねられる必要があります。これには時間がかかります。
- 高い手数料 (ガス代): ネットワークが混雑すると、取引を早く処理してもらいたいユーザー間で手数料の競争が発生し、コストが高騰します。
これらの問題は、特にDeFi(分散型金融)やNFT(非代替性トークン)のように、頻繁かつ安価なインタラクションが求められるアプリケーションの普及にとって、深刻な障害となります。
第2章:レイヤー1(基盤層)の役割とスケーリングの試み
「レイヤー1」とは、文字通りブロックチェーンの「基盤」となる部分です。ビットコイン、イーサリアム、ソラナ、カルダノ、アバランチなどがこれに該当します。
レイヤー1の主要な役割
- コンセンサス形成: ネットワーク上のすべての参加者が取引の順序と正当性について合意するための仕組み(PoW, PoSなど)を提供します。
- 取引の実行と検証: ユーザーからの取引要求を受け付け、スマートコントラクトを実行し、その結果を検証します。
- データの記録と保持: すべての取引履歴をブロックとして連結し、セキュアに永続的に記録します。
- セキュリティの提供: 高度な暗号技術と分散型ネットワーク構造により、データの改ざんや不正な操作を防ぎます。
レイヤー1は、ブロックチェーンの信頼性と分散性を保証する最も重要な層です。
レイヤー1におけるスケーリングの試みとその限界
レイヤー1自体を改良してスケーラビリティを高めようとする試みも行われています。代表的なものとしては以下があります。
- ブロックサイズの拡大: 一つのブロックに格納できるトランザクション数を増やす方法。例:ビットコインのSegWitやブロックサイズに関する議論。しかし、ブロックサイズを単純に大きくすると、ブロックの検証とネットワーク伝播にかかる時間とコストが増加し、ノードを運用するためのハードルが上がり、結果的に分散性が損なわれるリスクがあります。
- コンセンサスアルゴリズムの変更/改良: PoWからPoSへの移行(例:イーサリアム2.0)や、より高速なコンセンサスアルゴリズム(例:Delegated Proof of Stake, Proof of Authorityなど)の採用。これにより、ブロック生成時間を短縮したり、より多くのトランザクションを処理できるようになる可能性があります。
- シャーディング (Sharding): ネットワークを複数の小さなグループ(シャード)に分割し、各シャードが並行して異なるトランザクションを処理できるようにする方法。これにより、ネットワーク全体のスループットを向上させることが期待されます。イーサリアム2.0のロードマップに含まれています。
これらのレイヤー1自体の改善は重要ですが、多くの場合は「分散性」や「セキュリティ」とのトレードオフを伴います。また、シャーディングのような抜本的な改革は開発に時間がかかり、既存のアプリケーションの移行も課題となります。単一のレイヤー1だけで、VisaやMastercardのような伝統的な金融システムと同等、あるいはそれ以上のスループットを、高い分散性とセキュリティを維持したまま実現するのは非常に困難であると考えられています。
第3章:スケーラビリティ問題への回答:レイヤー2ソリューション
レイヤー2ソリューションは、レイヤー1のセキュリティと分散性を活用しつつ、その処理能力の限界を克服するために開発された技術群です。中心的なアイデアは、「すべてのトランザクションをレイヤー1で直接処理するのではなく、処理の大部分をレイヤー1の『外側』で行い、最終的な結果や重要な情報だけをレイヤー1に記録する」というものです。
これにより、レイヤー1の負荷を大幅に軽減し、より速く、より安価にトランザクションを処理することが可能になります。
主要なレイヤー2の種類
いくつかの異なるアプローチでスケーラビリティを実現するレイヤー2技術があります。
ステートチャネル (State Channels)
- 仕組み: 参加者間でオフチェーンに安全な通信チャネルを確立し、そのチャネル内で多数のトランザクションをほぼ即座に、手数料無料で繰り返します。チャネルを開設・閉鎖する際にのみレイヤー1のトランザクションが必要となります。
- 例: ビットコインのLightning Network、イーサリアムのRaiden Network。
- メリット: 非常に高速かつ低コストなトランザクション。
- デメリット: 参加者がオンラインである必要がある、多人数間での利用が複雑になる場合がある、チャネル開設に初期コストがかかる。
Plasma
- 仕組み: レイヤー1に接続された子チェーン(Plasmaチェーン)を構築し、そこで大量のトランザクションを処理します。子チェーンの状態を定期的にMerkle Treeなどの形でレイヤー1にコミットすることで、セキュリティを担保します。不正な状態遷移があった場合のExit(脱出)メカニズムが組み込まれています。
- 例: OmiseGO (現:Synapse)、Matic Network (現:Polygonの一部機能)。
- メリット: 比較的高いスループット。
- デメリット: 複雑なExitメカニズム、汎用性の限界(特にPlasma Cashは特定のトークン向け)、Data Availability問題(子チェーンのデータが入手不可能になった場合のリスク)。
ロールアップ (Rollups)
現在最も注目されているレイヤー2技術です。多数のオフチェーントランザクションをまとめて(ロールアップして)、そのデータを圧縮してレイヤー1に書き込みます。処理の実行はオフチェーンで行われますが、トランザクションデータ自体またはその検証に必要な情報をレイヤー1に保存するため、レイヤー1のセキュリティ特性を強く引き継ぎます。
- オプティミスティック・ロールアップ (Optimistic Rollups):
- 仕組み: オフチェーンで実行されたトランザクションは「楽観的」に正しいとみなされます。不正な取引が含まれている可能性があるため、「不正証明(Fraud Proof)」期間が設けられます。この期間中に誰でも不正を検出して証明することができれば、そのトランザクションは無効となります。
- 例: Optimism, Arbitrum。
- メリット: EVM(Ethereum Virtual Machine)との互換性が高く、既存のイーサリアムのスマートコントラクトを比較的容易に移行できる。
- デメリット: 不正証明期間があるため、レイヤー1への引き出し(Exit)に時間がかかる(通常1週間程度)。
- zk-ロールアップ (Zero-Knowledge Rollups):
- 仕組み: オフチェーンで実行されたトランザクションの正当性を証明する「ゼロ知識証明(Zero-Knowledge Proofs)」を生成し、その証明をレイヤー1に提出します。証明が検証されれば、トランザクションは正当であることが確定します。
- 例: zkSync, StarkNet, Polygon zkEVM。
- メリット: ゼロ知識証明によって即座に正当性が検証されるため、レイヤー1への引き出しが高速。データサイズを大幅に圧縮できる。セキュリティレベルが高い。
- デメリット: ゼロ知識証明の生成に高い計算コストがかかる。EVM互換性の実現が技術的に複雑(zkEVMの開発が進んでいる)。
サイドチェーン (Sidechains)
厳密にはレイヤー2とは少し異なりますが、関連性の高いスケーリングソリューションとしてサイドチェーンがあります。メインチェーン(レイヤー1)とは独立した独自のコンセンサスメカニズムを持つブロックチェーンで、双方向ペッグ(Two-Way Peg)という技術を用いてメインチェーンと資産を相互に移動させることができます。
- 例: Polygon PoSチェーン (Matic Networkから発展したもの), Skale, Liquid Network (ビットコインのサイドチェーン)。
- メリット: 高いカスタマイズ性、独自のコンセンサスによる高速処理と低コスト。
- デメリット: メインチェーンとは独立したセキュリティモデルを持つため、メインチェーンほどのセキュリティレベルではない場合がある。新たな信頼モデルが必要となる。
第4章:レイヤー1 vs. レイヤー2:メリット・デメリットの比較
レイヤー1とレイヤー2は、それぞれ異なる特性と役割を持っています。どちらが優れているというわけではなく、解決したい課題やアプリケーションの種類によって適切な層が異なります。
レイヤー1のメリットとデメリット
- メリット:
- 最も高いセキュリティと分散性を提供。
- ブロックチェーンの信頼性の根幹。
- 資産の最終的なファイナリティを保証。
- デメリット:
- スケーラビリティに限界があり、処理速度が遅く、手数料が高い。
- 改良や変更に時間がかかる(ハードフォークなど)。
- 大量のデータを保持するため、ノード運用にリソースが必要。
レイヤー2のメリットとデメリット
- メリット:
- 高いスループットと高速なトランザクション処理を実現。
- 手数料が非常に安い、あるいは無料。
- レイヤー1の負荷を軽減。
- 特定のユースケースに特化したソリューションを構築しやすい。
- 革新的な技術(ゼロ知識証明など)を導入しやすい。
- デメリット:
- レイヤー1と比較すると、セキュリティモデルがL1への依存や特定の仮定(例:Optimistic Rollupの不正証明者)に依存する部分がある。
- L1とL2間での資産移動に手間や時間、コストがかかる場合がある。
- 異なるL2ソリューション間での連携が課題となる場合がある。
- 技術が比較的新しく、発展途上である。
第5章:レイヤー1とレイヤー2の協調:ブロックチェーンの未来
多くのブロックチェーン開発者の間では、ブロックチェーンのスケーラビリティ問題は、レイヤー1とレイヤー2が互いの強みを活かして「協調」することで解決される、という考え方が主流になっています。
レイヤー1は、その堅牢なセキュリティと分散性で、ブロックチェーンエコシステム全体の信頼性の基盤を提供します。重要な資産の保管、高価値な取引の最終確定、そしてレイヤー2ソリューションの状態や証明の記録場所としての役割を担います。
一方、レイヤー2は、大量の日常的な取引や、DeFi、ゲーム、SNSといったインタラクティブ性の高いアプリケーションの処理を担います。これにより、ユーザーは高速かつ安価な取引を体験できるようになり、ブロックチェーンアプリケーションの利用がより現実的になります。
特にイーサリアムにおいては、「Eth2(Serenity)」と呼ばれる大規模なアップグレードが進められており、PoSへの移行やシャーディングの実装が計画されています。しかし、イーサリアムの開発者たちは、これらのL1改善だけでは需要の増加に追いつかないと考えおり、L2ソリューション(特にRollups)がイーサリアムのスケーリング戦略の中心であると明確に位置づけています。
L1がセキュリティと分散性を強化し、L2がその上に構築されてスケーラビリティと多様な機能を提供する、という多層構造こそが、ブロックチェーンが真にグローバルな規模で利用されるための鍵となるでしょう。
まとめ
ブロックチェーンのスケーラビリティ問題は、「分散性」「セキュリティ」「スケーラビリティ」のトリレンマに起因する、分散型ネットワークの宿命とも言える課題です。レイヤー1はブロックチェーンの信頼性の基盤ですが、その構造上、スケーラビリティには限界があります。
この課題を解決するために登場したのが、レイヤー1の外部で処理を行い、効率性を高めるレイヤー2ソリューションです。ステートチャネル、Plasma、そして特に現在主流となっているRollups(Optimistic Rollup、zk-Rollup)といった様々な技術が開発され、実用化が進んでいます。
レイヤー1とレイヤー2は対立するものではなく、互いに補完し合う関係にあります。レイヤー1が提供する強固なセキュリティと分散性を土台として、レイヤー2が高いスループットと低コストな取引を実現することで、ブロックチェーンはより多くのユーザーとアプリケーションを迎え入れる準備を進めています。
ブロックチェーン技術はまだ進化の途上にあり、レイヤー2技術も日々進歩しています。これらの技術開発と普及が進むにつれて、「遅い」「高い」といったブロックチェーンの既存の課題は克服され、私たちの日常生活におけるブロックチェーンの活用範囲はますます広がっていくことでしょう。技術的な側面を理解することは、この変化の最前線を理解する上で非常に重要です。
今後もレイヤー1とレイヤー2の進化、そして両者の間の連携に注目していくことで、ブロックチェーン技術の描く未来をより深く理解できるはずです。


コメント